小さい頃や学生の頃の話

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ソルフェージュ教室と「色おんぷ」
4歳から東横線大倉山にある「みどり教室」へ。
ソルフェージュ、リトミック、聴音などを色のついた音符のカードを使って
練習。でも、通い道で中村屋の「木の葉パン」を買ってもらえる方が、
嬉しかったと言ったほうが正しい(?!)
田中澄子先生が音と色を関連付ける方法を初められた時代で、(ドは赤、レは黄色といった)
属 啓成先生と電車で一緒になった際に
「じゃあ、大きくなったら音楽がカラーで思い浮かぶのかなあ・・」とおっしゃったそうです。
でも・・・「いいえ、そんなことはありませんでした!」

初めての発表会

6歳、初めての発表会。喜びのあまり、39度の大熱。
せっかくの衣装も日の目を見ず、後日レコードを作って記念に。
興奮しすぎ!

小学生の頃の日課

表参道の歩道橋から富士山が見えるのを確認してから、誰よりも早く登校。
(遊ぶ場所を確保しておかないといけないので・・・)
そして、学校の庭で、かたつむりやミノムシなどを採集して帰宅。
ショウジョウバエを飼ってみたり、おたまじゃくしを洗面器で洗ったり?!
楽しいことがあまりに多くて、とても忙しい毎日だったあの頃・・。
サッサとピアノを練習しては、また外へ遊びに行くような子供で
近所でのあだ名は「金太郎」 
女の子なのに〜。

小澤征爾と成城
N響やオペラの大ファンで、音楽会に行くのが至上の楽しみ
という両親が、小沢征爾、井上道義、両氏が成城学園の出身だということを知り、
子供の進学に決定?!姉に続けて成城学園へ。

中学の先生は体力勝負?!

千葉の海岸で2キロの遠泳、富士五湖、西湖を2周、20キロマラソン強歩大会、
加えてスキー学校、山の学校、等など四季折々の行事。
成城では教師の採用試験でまず、プールで泳がせるそう。
本当に、先生方、皆さん、お元気でした。。。 (生徒も必要以上に元気だけど。。)

ピアノへの目覚め

音楽高校の夏季講習に参加。これをキッカケに毎日8時間、
学校をサボってまでピアノに向かうようになり、
親を始め学校の先生を驚かせる。メロディーが交差するバッハが面白く
またベートーベンの響きの壮大なひろがりが大好きで、ポリーニの「皇帝」が愛聴版、
リパッティやチッコリー二、グールドといったピアニストの良さはこの頃はわかりませんでした。プレヴィンよりも断然サバリッシュが正しいのよ!という趣味。

熱血指導とひどい顔

音楽高校で師事した先生にテクニックを厳しく仕込んで頂いたため
思うように弾けない悔しさで帰り道は顔がぐちゃぐちゃ。恥ずかしくて
バスや電車に乗らないようにしてました。シューマンの幻想的な力強さが好きで、
ドビュッシーなどの響きにも触れ、ピアノの深みを垣間見たような気分に。。。
そんな思春期。

生の音楽
必修科目の伴奏法を、某オペラ歌手の先生のレッスンにてはじめたのが大学。
イタリア近代歌曲レスピーギやマスカー二、またプッチーニ、ヴェルディ
ロッシーニといったオペラのアリアを勉強。伴奏していた先輩が大変優秀だったので(Y・Wさん)
読売新人演奏会や卒業演奏会をはじめ、多くの舞台を経験。
演奏旅行にも同行させてもらい、某オペラ歌手の先生とも共演して、
そのパワーに圧倒され、生きた音楽を経験させていただいたのが、貴重な体験!

フランス・クリダとの出会い
図書館でリストの演奏会用練習曲「ためいき」のレコードに出会う。
今まで聴いたこともない、ピアノの響きと躍動感と力強さと繊細さの共存した
その演奏に、何とも言えない気持ちになる。。
そのピアニストに、自分が将来師事することになるとは、その時点では
勿論、考えもせずに。。。
写真をしみじみ見ていた記憶が甦る。



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